君の名は〜わたしの杏姫〜

靴擦れしました。


その日は、たいせつなお役目を果たせねばならなかったので、

焦ったどころではありませんでした。


新しい靴を履いて自宅を出て20分も経たないうちに痛み始め、

最寄り駅に着いた頃には足首に赤い印が見えるようになっていました。


ヒリヒリヒリヒリヒリヒリ・・・


半ベソになりそうなのを堪え、目的地への途中にあるデパートに駆け込みました。


1週間前、そこで靴を買ったし、中敷を買って、バンドエイドもどこかで仕入れよう。


そう思いながら靴売り場に行くと、その靴を買ったときの店員さんがいました。

 

他の人には目もくれず、一直線に彼女の元へ。

(恋人か?)

 

目的を伝えながら足首を見せると、

「あら!」というなり、すっと彼女が取り出しましたモノ。

 

バンドエイド。

 

「これ、使ってください」と、ふたつ。

 

まだ大丈夫な足も気にして、ふたつとも私の手に取らせました。

 

すぐにちょうどいい中敷も用意してもらい、バンドエイドを握りしめ、

お礼もそこそこに立ち去りました。

 

お役目の集合時間に遅れる訳にはいかないし、同じ階のトイレで応急処置。

 

その後のお役目が無事に果たせたかどうかはともかく、

帰宅するまで足首を気にせず過ごすことができました。

 

まったくもって彼女のおかげでした。


それくらいのこと、ベテランの販売員ならやってくれると思いますか?


自然体でお客様に気を遣わせずに、気を遣うことは、簡単ではありません。

 

靴を買ったときも、ずっと迷っていながら最後まで納得して選びたい

私の気持ちを察したように、絶妙のタイミングで声をかけてくれたひとでした。

 

モデルのようにスラリと都会的な長身の美人。

当意即妙のやりとりで、気持ちよく買い物ができました。

 

そんな余韻もあったので、彼女に私の応急処置をお願いしたいと思ったのですが、

見事に応えてもらえて本当に嬉しかったのです。

 

物の値段は市場価値だのなんだのと相場があるのでしょうが、

ひとのサービスには値段がつけられません。

 

でも、同じ値段ならば、気持ちよく買いたい。

あのひとから買いたいと思わせる、それが付加価値というものなのですね。

そういう方には長くお勤めしてほしい。

 

あのとき、仕事を最後までやり通せるかどうか、

くじけそうになってた私の心を彼女はふたつ目のバンドエイドでも助けてくれました。

 

靴を選んでいるとき、彼女のそつのない話し方が誰かに似てるなと思っていたのですが、

支払いのときに気づきました。

 

女優の杏。

 

骨格が似ると声も似ますが、クールビューティな感じがとても似ています。

 

私は秘かに彼女のことを「バンドエイドの杏姫」と呼んでいます。